REVIEW

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Manga Review #01『北北西に曇と往け』

もし行けるなら、アイスランドに行ってみたい。

観光ビザの申請に長蛇の列。コロナ禍で制限された<旅>の再開。さあどこに行こう?

もし行けるなら、アイスランドに行ってみたい。そう思わせるのが、入江亜季『北北西に曇と往け』。

車や扇風機、ゲーム機などモノと会話ができる不思議な力を持つ御山慧(みやま けい)は、アイスランドで祖父のジャックと同居しながら、車(スズキのジムニー!)を相棒に探偵をしている17歳。弟の三知嵩(みちたか)をめぐってミステリアスでハードな展開を孕みつつ物語は進んでいくが、慧が見るアイスランドの自然を、慧が知り合う人々の暮らしを、読者はロードムービーを見ているかのように体験していく。

それを可能にしているのは、入江亜季によって描かれる絵、画面の力だろう。登場人物たちの伸びやかな描線は、豊かな表情を捉えて、一つ一つの手足の、身体の軌跡が見えるよう。そして何よりアイスランドの広大な風景から街並み、住まいや店のインテリア、普段使いの小物や雑貨、日々の服装や食事の様子など、実に細かな日常の描きこみが、さらに読者をアイスランドを旅しているような気分にさせてくれる。特に第12話~第18話(単行本2巻)は、日本から訪ねてきた慧の友人・清のトラベル・ジャーナルであり、まさにアイスランドの良質のガイドブック。物語とともにこれからアイスランドのどんなところに連れて行ってくれるのか、楽しみな作品である。

『北北西に曇と往け』は単行本の装丁も素晴らしい。カバーのウルトラマリンブルーの空を見るだけでもドキドキしてくるけれど、カバーを外した本体の落ち着いた紙質と色、表紙からぐるりと描かれるアイスランドの風景が心地よい。レンブラントの素描を思い起こさせるような、一枚の絵ハガキのように描かれる空と大地と道には、極北の冷たく乾いた空気まで見えてくるようだ。

入江の最新刊は短編集『旅The Journey of Life』。タイトルに採用されたようにたくさんの旅を描いている。デビュー作『フクちゃん旅また旅』もやはり<旅>だった。入江は<旅>について、世界が広がり新しい価値観や知識を得ることができる、つまり成長していくこと、としばしば語っている。そう、『北北西に曇と往け』は慧の旅の物語でもあるのだ。

written by Undo

作家 入江亜季

作品 『北北西に曇と往け』

作品情報 入江亜季『北北西に曇と往け』は2016年から雑誌「ハルタ」(KADOKAWA)にて連載開始。2021年創刊の「青騎士」(KADOKAWA)に移籍、連載中。2022年6月現在、単行本1~5巻既刊。

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