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『グッドナイト、アイラブユー Good night, I love you』

“若者と旅”、そして“家族”の物語だ。

還暦を超えた主人公が美大で映像制作に挑戦する『海が走るエンドロール』で注目の作家、たらちねジョン。別名義でBLジャンルでも作品を発表しているそうだが、『グッドナイト、アイラブユー Good night, I love you』は、たらちねジョン名義での商業誌初連載作品だ。あとがき(電子書籍版第4巻)にたらちね自身が漫画家デビュー作品だと述べていて、思い入れもある作品のようだ。

『グッドナイト、アイラブユー』は“若者と旅”、そして“家族”の物語だ。主人公の遠藤大空(えんどうおおぞら お兄さんは大地)は、母親の遺言で海外の母の友人たちを訪ねることになる。父親も年の離れた兄も大空の幼い頃に家を出ていて、母親と二人で暮らし、母親の余命が長くないことがわかると大学を休学して看病していた。兄からは“悩んで回りくどい”ところがあるとか、友人からは“いつも一人で決めて進んでいく”と思われているような青年。尖ったキャラではないし、シャイな大学生という印象の主人公だ。そんな大空が、訪ねた先々で母親が友人たちに託した手紙によって、ロンドン、パリ、アムステルダムへとヨーロッパを旅する、そんな若者と旅の物語。

若者と旅をテーマにした物語は、初めての国、初めての街、初めて出会う人、驚きと興奮、不安と緊張が交錯する初めて環境で、若者が様々な経験から学び自分を見つめ直す様子を描くのが定番だ。少し遡るが日本の文芸でも例えば、1970年代に沢木耕太郎や藤原信也が書いた肌がひりひりするような異境体験、1980年代に村上春樹が淡々と時にアイロニカルに語った世界の旅などがある。対してこの『グッドナイト、アイラブユー』は、2010年代の若者の旅だ。航空チケットもその日の宿も、すべてスマホ一つで完結できる現代の旅。スマホの翻訳アプリで最低限のコミュニケーションも成立する。とはいえ、スマホ万能の旅であっても初めての海外旅行には不安と冒険がつきもの。勢いで降り立ったブリュッセル、思いつきで巡ったイタリア、思いがけない出会いなど、大空の気持ちの揺れを見守りつつ、少し独特な遠近感の表現とともに誰の視線で見ているのか(描いているのか)を想像すると、一緒のツアーで巡っているように楽しく感じられるはず。

こうした物語には、師匠のように主人公を導く役割の登場人物やどうしても移動しなければならない出来事があったりするのだが、この作品で大空を次の地へと誘導するのは、母親が友人たちに託していた大空に宛てた手紙である。手紙によって大空は母である遠藤ヤエという一人の人間の人生に触れ、スマホを通して人と出会い、家族とつながっていく。通信手段としてだけでなく、コミュニケーションツールとしての手紙とスマホの対比が秀逸。旅が終われば母のいない独りの生活が始まる大空だが、それが決して寂しいものではなかったと思わせる結末に安堵する。

written by Undo

作家 たらちねジョン

作品 『グッドナイト、アイラブユー Good night, I love you』

作品情報 https://www.kadokawa.co.jp/product/321506000100/
     2015年~2017年COMIC it(KADOKAWA)連載、単行本全4巻。

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