REVIEW

REVIEW

『ROCA 吉川ロカ ストーリーライブ』

2022年に出版された数多のマンガ作品の中で、同業の漫画家はもちろん評論家、編集者、研究者などの多くのマンガに関わる人たちに支持され称賛されているのが、このいしいひさいちの『ROCA 吉川ロカ ストーリーライブ』。カルチャー雑誌フリースタイルの「THE BEST NABGA 2023 このマンガを読め!」(フリースタイル Winter 2023 /54)でも堂々の1位に選ばれた。この作品、選考者の1人マンガ解説者・南信長が「同人誌というか自費出版したものが1位でいいのかという気はちょっとします」と総評で触れているが(もちろん作品について絶賛している)、商業出版されたものではなくていしいひさいちが自費出版した作品なのだ。

いしいひさいちは日本のマンガ界の大御所であり、独特のナンセンスな笑いで批判的精神を日本の4コマ漫画に持ち込み革新を起こした漫画家である。朝日新聞朝刊で長期連載中の『ののちゃん』でその名前を知っている人も多いだろう。大学在学中にアルバイト雑誌に掲載した『oh!バイトくん』でデビュー、『がんばれ!!タブチくん!!』がアニメ映画化されるなど、実在の人物のデフォルメされたキャラクター表現で大きな注目を集めた。また『となりのやまだ君』(現在の『ののちゃん』)の山田家ワールドは、「おじゃまんが山田くん」(1980年)「ののちゃん」(2001年)などのテレビアニメや高畑勲が監督し「ホーホケキョ となりの山田くん」(1999年)としてスタジオジブリが長編アニメーションを制作するなど、長く描かれ親しまれている。ののちゃんたちの生活に描かれる政治、経済など時事問題だけでなく、『現代思想の遭難者たち』(講談社2002年)のように哲学・現代思想をテーマにした作品もあり、時に難解、解読困難と評されることもあるけれど、扱うテーマの幅広さとそれを4コマ漫画に落とし込む構成力はさすがとしか言えない。

『ROCA 吉川ロカ ストーリーライブ』は、主人公の吉川ロカがポルトガルの国民歌謡であるファドの歌手を目指す話。当初は『ののちゃん』の連載内作品(とでもいうのだろうか?)として登場したということだが、いしい自身が新聞のコアな読者には評判が悪かったと語るように新聞連載からは外れる。その後は同人誌や自身のWebサイトでロカの物語は継続され、“読者の声に促されて”『ROCA 吉川ロカ ストーリーライブ』という本ができあがったのだそうだ。主人公のロカは決して要領が良いとはいえない気弱な高校生だが、ファドの歌手になることだけは諦めない。徐々に不器用な彼女を応援する人が現れ支援する人たちが増え、そしてファドの歌手として認められるようになっていく。『ROCA』はそんなロカの青春の成長物語である。ロカと彼女を応援する年上の同級生柴島美乃は、共に船の沈没事故で家族を亡くしており、一見乱暴で厳しい言葉を発する美乃は、叶わないかもしれない夢に挑戦するロカにとって、力強く安心をもたらす大きな存在になっていく。このロカと美乃との友情は、『ROCA』に通底する“サウダージ”(ロカの所属する事務所の飯田さんによると“ファドで歌われるせつないだけでない 儚いだけでない ひとことでは言われへん 複雑な感情表現”)を最も良く表すものだろう。この作品は4コマ漫画を基調としながら、いわゆるオチのないストーリーも入れて絶妙な緩急をつけて物語を展開、109のストーリーで構成されている。普段のロカと歌っているときのロカとの描写の違いも当然のように感じるし、大雨のライブのエピソードは4コマ漫画ということを忘れて作品に引き込まれる。とても個人的な感想だが、最後のページを閉じたとき、4コマ漫画を読んだと思っていたのに、映画を1本見終わったような感覚になった。この『ROCA』のようなマンガを読むことができた幸せを感じたといったら大仰だろうか。いしいひさいちという漫画家の才能にあらためて触れることができたと思う。“続編ではなく、スピンオフでもなく ましてや増補改訂版でもない、ただ未練がましいだけの一冊です。”とROCAエピソード集の“予告”も同封されており、とても待ち遠しい。

written by Undo

作家いしいひさいち
作品情報ROCA 吉川ロカストーリーライブ』((笑)いしい商店)

関連記事一覧

  1. この記事へのコメントはありません。