REVIEW

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まめで四角でやわらかで

不昧公こと松江藩松平家7代藩主の松平治郷(1751~1818年)。財政改革の功績で知られる一方、大名茶人としても名を残し、茶の湯をはじめ和菓子や陶芸など、現代にも継承される松江市の文化の礎を作ったとも称えられている。その不昧公が手がけた『豆腐自画賛』という掛け軸がある。豆腐がさらりと描かれ次のような歌が添えられている--世の中ハまめて四角て和らかて とふふのやうにあきられもせす――。『まめで四角でやわらかで』今回紹介する作品のタイトルだ。

『まめで四角でやわらかで』は、江戸に暮らした人々の日常を描いたウルバノヴィチ香苗の作品。水戸黄門も大岡越前も鬼平も知らない、テレビで時代劇も見たことのない世代が育ってきている令和の時代。明治維新より前の、現代の私たちとは着るものも食べ物も働き方も、そして生き死にもかなり異なる時代を描く作品は、マンガだけでなくライトノベルやアニメなどの一大ジャンルとなっている“異世界モノ”の表現の一つとして、読まれたり見られたりするようになっているのかもしれない。(昭和すら異世界と思われているかもしれない。)260年も続いた江戸時代の、殺伐とした戦国の世の中から引き継がれた武士の文化、身分制度の理不尽さの中でたくましく生きる庶民の文化は、現代のマンガにも多くの刺激をもたらし、多くの作品が生まれている。日本マンガ史に燦然と輝く白土三平『カムイ伝』、時代考証の知識と江戸の粋を体現した杉浦日向子の『ゑひもせす』『二つ枕』『百日紅』。私たちが持つ浮世絵のイメージをマンガで見事に表現した塩川桐子『ふしあな』(最近の『差配さん』『ワカダンナ』も良い!)、長崎の遊郭を描いた高浜寛『蝶のみちゆき』『扇島歳時記』。この他にも本当に多くの作品があるのだが、赤穂浪士や大奥、幕末なら新選組といったキラーコンテンツがある江戸時代。劇画や歴史ものだけでなく、少女マンガやBLなどのあらゆるマンガのジャンルの舞台になっているのだ。

さて江戸の人たちの暮らしを描いた『まめで四角でやわらかで』。ウルバノヴィチ香苗の興味は、その人たちが何を食べて、どんなふうに働いていて、朝昼晩、春夏秋冬をどんなふうに過ごしていたのか?というところにあるようだ。シーワシーワと蝉が鳴く暑さのなかで、つい買い求めてしまうところてんの美味しそうなこと。里芋の煮物をつまみながら、窓辺にススキを活けての女の子だけのお月見。茸飯と青菜飯のおこわやごぼうの梅煮、銀杏の素揚げが入った仕出し弁当(他にも美味しそうなおかずがたくさん)。雪の降る夜の田楽に温かい蕎麦。汗かく夏の暑さやしんしんと雪の降る夜の寒さ、家路に着く頃の傾く陽の光、屋内から明るい庇の方へ向けられる視線。ふくよかな描線で描かれる江戸の人たちとともに、柔らかな光の明暗による時間や温度の表現が、この作品に温もりや愛おしさを醸すのだろう。江戸という異世界でほっこりしたいときにぴったりの作品。

おまけ漫画の『こんなことがありまして』では、作家の描くことへの真摯な態度が垣間見れるエピソードだ。江戸時代の寿司屋台の絵によく描かれているどんぶりの中身が気になっていたところ、江戸東京博物館の寿司屋台模型を探し当て、江戸博まで見に行くことに。受付に始まって博物館の図書室へ、司書から(おそらく学芸員も経て)模型製作担当、さらにはミツカンミュージアムにと、探索の輪が広がりやっとどんぶりの中身が判明する。「世の中の江戸を研究している人や文献を扱っているような人でも 同じように調べて想像しているのだと知って あたたかい気持ちになったのでした。」と感想が書かれているが、ミュージアム業界の人たちにとって、こうした理解はとても嬉しいと思う。屋台のメインでもないどんぶりの中身がわからなくても大丈夫じゃない?とたいていの人は思うだろう。それでも分からないことを一つ一つまめに調べて、生真面目にこつこつ研究し、だけど柔軟な心で想像する、つまり“まめで四角でやわらかで”なのだ。

written by Undo

作家ウルバノヴィチ香苗
作品情報『まめで四角でやわらかで 上』(リイド社 トーチコミックス)

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